文化・芸術

阿修羅像がおいたわしい。

080918_21080001

東京博物館へ今人気の阿修羅像を見に

行った。

普段、阿修羅像が見られるのは、奈良の

興福寺の宝物館だが、ここは奈良の町か

らも駅からも近く、少し時間が空いた時な

ど気軽に寄れる位置にあるので、阿修羅

には数えられないほど度々お会いしてい

る。

それにあんなきやしゃな少年のような像を、

広い博物館で人間どもがわあーっととり

かこんで見るなんて、おイタワシイわと思

った。

このふたつの理由で見に行かないと決め

ていたのに、わたしが聴講している美術史

のU教授が、像の後ろからも見られるので

行ってらっしゃいと言って招待券をくださっ

たので、後姿も見せていただく良い機会と

思って出かけた。

夕方がすいていると聞いて4時半ごろでか

けたが、入場制限をしていて40分あまり

行列をつくって待たされた。

明日に続きます。

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ふるえる心

090412_16230002 木の芽

わたしはこのごろ俳句が重荷

になってきてやめようかしらと

か思うこの頃だったが、かって

俳句をたしなんでいた友から

句作には「ふるえる心」で、と

教えられた。

ふるえる心・・・・・・そういう気

持ち、遠い昔にどこかへ置き

忘れてきたような気がする。

ふるえる心で句作をする・・・・

なんと素晴らしい心持でしょう。

さあ、ふるえる心を取り戻そう。

俳句ってそんなにステキな世

界なんだ!

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自分の目で見るということ

090206_14120001 枯菊

 奈良にはすごい仏像がいっぱい、

というのは知っていながら、寺を訪

れる機会がなかった。

大学に入ってすぐ、美学研究会へ

の入部を勧められて、いさんで入部。

まず、予備知識をと思っていたら、

予備知識なしにまず、仏像を見なさ

いと言われた。

この時、わたしは自分の目で見る

大切さを教わった。頭で見てはいけ

ないということを。

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一弦の琴

090215_14540001 山門

 昨日のブログ、飛鳥の里と書くべ

きところを斑鳩の里と書いてしまい

ました斑鳩の里は法隆寺のある

里でもっと北です。

 飛鳥は奈良の人気スポットにな

りましたが、わたしの学生の頃は

訪れる人も稀で、石舞台なんて田

んぼの中にドカンとあるだけで、あ

の大きな石にのぼってかけまわっ

たり、お弁当をひろげたりした眺め

のいい場所でした。

 近くの飛鳥寺では冬の日昏れに

飛鳥大仏の拝観に訪れたわたした

ちに住職さんが一弦の琴を引い

くださった贅沢な夕べの思い出が

ある。あとでわかったことだが、住

職さんは一弦の琴の名手としてよ

く知られた、お方だったのです。

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大桟橋でシャボン玉飛ばし

081019_12360001 「水の玉」

 横浜トリエンナーレは横浜港の大桟橋でもイベ

ントを行っていた。シャボン玉飛ばしだ、15個ぐら

いの器具が丸を画くように置かれて、いっせいに

シャボン玉がふきだされる。

大桟橋は木のフローリングで大海原をイメージし

て作られていて非日常的な場所だ。

淡い水の玉が風に舞い,大自然のなかでやさしい

風景を作っていた。

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ショッキングなパフォーマンス

080923_14170002 「愛

 今日も横浜ビエンナーレへ出かけた。ほとんど

のアーチストは外国の人で日本人の作では中西

夏之と三渓園で雨月物語を表現した中谷芙二子

と勅使川原三郎の時間の破片がよかった。

 一番戸惑ってこれは?と思ったのは三渓園の

わらぶき屋根の三部屋続きの畳の上でくりひろ

げてられているKissと言う作品。ドイツ人の作

がプロジュースしてドイツの男性と日本人の女性

が舞踊をしているのだが、見慣れるまでちょっと

かかる。ここでは訪れている人はビエンナーレの

切符に関係なく見学できる。だから普通の人も見

にくるわけで、なんだ!こんなものを見せて!と怒

り出す人もいるそうだ。純粋に男女の動きの美しさ

を楽しめばいいのだけれど。

 アートの世界に身をおいている者でも見慣れる

まで少しかかったのだから、普通の人にはショッキ

ングなパフォ‐マンスだったようだ。

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横浜トりエンナーレ

080923_14150003 「風」

 秋晴れの今日、横浜トりエンナーレ2008を

見に出かけた。みなとみらいの地区で赤れん

が街や大桟橋、少し離れた三渓園などいくつ

もの会場に分かれているので一日では回りき

れない。

 桜木町から赤レンガの倉庫街へ行くのに運

河に橋がかかっている。この道をなぜか汽車道

という、潮風に吹かれながらわたる。海に近い

横浜っていいなあ。引っ越してこようかなあ、と

思う。パリでも思った。パリっていいなあ、住んで

見たいなあ と。わたしは気が多い。

 赤レンガの倉庫は2棟向かい合って建っている。

1棟はカフエやレストランになっていて1棟はトり

エンナーレの会場と横浜硝子や元町のレースの

店が入っている。どちらもレトロっぽくていい雰囲

気。こんなところで海を眺めながらゆっくりしたい

ところだが、今日は美術のお勉強に来たのだ。

 

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ケ・ブランリーの続き

080923_14150002 「花 」

 ケ、ブランリー美術館の続き。美術館の内部は

巨大な船のようで細長く、展示は同じフロアーで

しきりがなく、ワンルームなので、エレベーターや

階段を使わないし、次の展示室に移動しなくても

いい。仕切りはないけれど、ここは、アフリカ、オ

セアニア、インドというように地域別の展示にに

なっていて、ぐるりと見て回るようになっている。

 仕切りではないがところどころに、土塀のような、

山の赤土がむき出したようなオブジェが縦にさえ

ぎっている。そこに人が座ろうと思えば2人または

3人座れそう日なっている箇所がいくつかある。

美術館ってとても疲れるところ。わたしはここで、

ちょと一服と座っているうちに眠ってしまった。

 美術館でお昼ねをするなんて考えられない!

 東京の美術館のように、展示室のまんなかに

立派なソファーが置いてあるところでは、わたし

のように心臓の強い人でも無理。

ほんの数分ウトウトしただけで、元気が蘇った。

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ケ・ブランリー美術館

080923_14170001 「月」

 ケ・ブランリー美術館のススキの庭に上のよう

な月が似合いそう。

 この美術館に出かけた日はパリを夜発つ日で

第一日曜日で入館料が無料だった。ちょっとうれ

しい。特に混むというほどでもなく、活気があって

ちょうどいい。入館料は1200円ほどで東京と同じ

らい。

パリではよくある。無料日と知らずに行ったら、そ

の日にあたっていて学生が多かったり。

 東京の博物館や美術館は人気展の時は入場制

限があって何時間も並ばなければならないことも

あるけれど、それ以外のときなど無料の日を作れ

ないのかしら。

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パリのアフリカ美術館

080923_14130001 「千草」

 アフリカ美術が主なケ・ブランリー美術館へ行

った。2年前に出来上がった美術館だ。セーヌ川

の左岸を歩いていると、草や苔に覆われた建物

に 目を奪われる。垂直の庭とか、盆栽とよばれ

ている。乾燥したパリで大きなビル全体をしっとり

とした苔と庭の千草のような草花で覆われている。

美術館に入るとススキの群れが迎えてくれる。

 日本のススキやシュウメイ菊が群れをなして異国

の美術館の広い庭にさいている。

 苔やススキや菊、日本の植物をふんだんに取り

入れた美術館、日本の古い工芸品も展示されてい

るそうだ。

 明日に続きます。

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森の現代美術展

080825_09120001_2 「月の雨」

 毎日雨だ。今、家の近くの森で森の現代アート

展が開かれている。明日、制作をしたアーチスト

たちが説明をしながらめぐるアートツアーが予定

されているが、この雨では森の道はむかるんで

歩けない、多分、中止でしょう。残念!

昨年は外国人のアーチストに混ざって日本のア

ーチストもいい作品を展示していた。広い森の中

で、それぞれ場所を決めて1か月間制作をする。

視野に入るのは自然の緑の中で1点だけ。谷を

上がったり、下がったりするとまた1点作品に会う

という感じで、都会の郊外でこんなスケールの大

きい催しができるのは驚きだ。

アートツア^ーが中止でも、長靴をはいて行って

見ようかしら。

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梅の木に蝉の絵

080716_15230001 「花 」

 今日が最終日、「フランスが夢見た日本」展を

上野の博物館へ見に行った。門を入って左側の

表慶館だ。

ここは冷房装置がないようだ。普段なら真夏でも

天井が高いので建物の中はひんやりしているが、

今日は最終日のゆえ、混雑している。いつもバッ

クの底に忍ばせているけれど、めったに使うこと

のない扇子を取り出した。

19世紀のフランスでは印象派の画家たちが日本

の版画に影響を受けジャポニズムという芸術思潮

を生み出した。そして北斎や広重の版画からから

抜き出したモチーフを組み合わせてデザインした

皿などの陶器が多く作られた時代があった。

これは一時的な流行に終わったが、パリのオル

セー美術館が収集してきた陶器の展示で、図柄

の元となった版画も陶器と並べて展示しているの

が興味深かった。

でも、見たことのない花など描きにくそうだ。梅の

花は二重になっているし、梅が咲いている枝に、

止まっていたり。フランス風の真っ白い陶器

に色鮮やかな日本の模様はきっとパリの人々を

魅了したのでしょう。

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もっといい鉄斎を展示して欲しい

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「 波  」

 上野の博物館で対決、巨匠たちの日本美術を見

た。雪舟対雪村、歌麿対写楽、鉄斎対大観と言う風

に11組の巨匠が並んで、またはむかいあって展示し

ている。鉄斎対大観は、あの展示では鉄斎の負け。

鉄斎の若書きの屏風が展示されていた。どうして晩

年の鉄斎らしい作がだせなかったのか?かれの晩

年の作は殆ど半切の掛け軸という屏風よりかなり小

さくなってしまうからか?対大観のは6曲屏風1双

だったので、大きさを大観にあわせたのだろうか。

大観は有名だけれど、私は特別みたい作家ではな

い。とても立派そうな絵だけれど通俗的とまで言わ

ないけれどハッとさせられる魅力がない。鉄斎には

汲めども尽きない魅力がある。鉄斎は年をとるほど

に作品が若々しく華やいでくるのだ。

鉄斎対大観は11組の対決の最後の展示だったの

で、私は憮然とした面持ちで博物館を後にした。

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写真のような絵

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花」

 都心のデパートで鈴木英人の展覧会を見た。

写真を基にしたイラストのような絵で、どんな工程

で作っていくのか以前から興味があった。

まず写真を拡大して色を消して輪郭を鉛筆で写し

ていく。これに3日かかり、そこへカラーセロハン

のようなものでそれぞれのいろを切り取ってはめ

ていく。これも気の遠くなるような作業である。最後

に版画機にかけてできあがり。一作を完成させる

のに一ヵ月半かかると言う。でも普通、芸術家が陥

る悩んだり、迷ったりがないそうだ。とにかくどん

どん作品を作り続けてきたという、羨ましい画家

だ。会場を出たところには、ここはデパートだから、

お手ごろな値段の作品が陳列していた。欲しいの

があれば・・・と思いながら、丁寧に見たが、普通の

家庭の居間などに飾るような絵ではないなと思った。

わたしが受け入れられないだけかも知れないが。

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孔子の教え

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「土用波 」

 孔子ってどんな人?と聞かれて弟子たちは一口

には答えられなかったので、孔子が自分のことを

述べて言うには

 憤〈いきどうり〉を発して食を忘れ、

 楽しんで以って憂いを忘れ、

 老いのまさに至らんとするを、知らざるのみ。

なんという若々しさだろう。孔子はこのころ60才

のお年。若々しい精神でなければあの深遠な思

索はかなわなかった。

若くいるためには年は忘れたほうがいいよ、とよ

く言われるが、これは孔子の教えなんですね。

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俳句は言葉のスケッチ

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「水」

 今日はわたしの3回目の句会。5句を作らなけ

ればと思い、初めて吟行なるものに出かけた。

句会が迫っていたので、出先の近くの大学の構

内が緑がいっぱいで、一般の出入りもOKだった

ので、ここにしょう、5句を作ろうと勇んだが、なに

も浮かんでこない。ああ、これがスケッチだったら、

ぱっと描く場所を決めてさっさと画けるのに、と思

いながら手も足も出ない。俳句ってむつかしい!

古池の前でじっと長い間すわっていた。

すると、これって言葉のスケッチじゃあないのかし

らと思いあたった。すると不思議に少しずつ、言葉

が浮かんできた。

近く結婚が決まったわたしの若い友に送る句、

 切り株に ふたり座りて 涼しけれ

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上野の山の西洋料理店

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「 華  」

 もう50年ほど続いている会で食文化を楽しむ

グループにはいっている。戦前から続いている

浅草の料亭や、食材を景色や動物に見立てて

料理して客にだす 「みたて料理」など個人では

行けない所へつれていってくださる。

食事のまえに講義があって会の主宰者の老婦

人が2時間ぶっとうしでおはなしになる。とても

精力的で博識で面白く、80歳をいくつも超えて

おられるようにはみえない。そして品のよい美し

い東京言葉で。

今日は珍しく フランス料理だ.ここは上野の山

でもとは明治の初め 築地の外国人居留地に

あったのがこのアカデミックな地域の上野へうつ

ったという。上野は美術館や音楽堂などの文化

の地域なので、日本料理店は出店できないのだ。

かっての日本料理屋は芸者がつきものだったか

ららしい。料理屋は上野の下の根津や千駄木に

店を出したと言うことだ。

この会は月に一度で、東京の古くからつたわる食

の文化を学べるいい機会だと思っています。

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タウトが滞在した小さな家

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「 波 」

 ブルーノ・タウトの最終回です。

 トルコへ渡ったタウトは多くの建築の設計を手

がけます。でも体調を崩し数年後に他界します。

タウトは家族をドイツに残し、秘書と來日しました。

京都、仙台の滞在ののち群馬県の高崎に2年半

暮らしましたが、洗心亭という小さな家と言うより

茶室のような住まいを与えられたようです。何十

年も経ってからタウトの子息が訪れ、その狭さ、

質素さに、絶句したということです。昭和10年前

後の日本は住まいにも余裕のあった時代です。

遠い国からきた客にもっといい環境を提供でき

なかったのでしょうか。

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桂離宮を世界に紹介したタウト

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「 花  」

ブルーノ・タウトが続きます。

 日本で建築の依頼がなかったタウトは建築家の

休暇と称して古い建物を見てまわります。そして、

桂離宮の美を世界に紹介するのです。私も学生の

時、はじめてタウトを知ったのは、桂離宮を世界

に紹介した人としてでした。

  ドイツで高名な建築家を呼んでおきながら、なぜ

設計をさせなかったのでしょうか。ひとつには政治

的な配慮があったようです。当時、ドイツではヒトラ

ーが首相になり、親ソビエト派のタウトの身辺を配

慮したからとも言われています。

 また、もうひとつはタウトの建築様式は古くなりつ

つあったからだと建築雑誌で読んだことがあります。

でも日本に3年余り滞在した後、トルコに渡りますが

イスタンブールでは数多くの建築を残しているのです。

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タウトの海を眺める家

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「 海峡   」

 昨日の続き。

 ブルーノ・タウトはドイツ人の有名な建築家で

昭和8年日本の建築界の招きで来日し3年余り

滞在した。でも建築の依頼はなく、たった一軒

計したのが熱海の家だ。

それも二階家が建っている地下の部分で、急斜

面のため窓が海に向かって開かれている。室内

は昨日のかがり火をイメージした照明や、一段高

くなった能舞台を思わせる空間や、それに続く横

長の数段の階段は座って海を眺める絶好の場に

なっている。

一度おとずれると忘れられない家だ。わたしの

まわりにもフアンが多いのでいつも案内役を

とめている。

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ブルーノ・タウトの熱海の家

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「 かがり火 」

 かがり火という文字を書いてみると熱海のブルー

ノ・タウトの家が思い出される。実はこの家、取り壊

寸前のところを私の友人が買って熱海市に寄付し

たもので、公開されている。

私ならこの家をアトリエにして海を見下ろしながら暮

らせたら素敵だろうなあと思うけれど、彼女は偉い!

上手なお金の使い方だ。これで一つの文化をみんな

が共有し、後世にも伝えていくことができるのだから。

タウトの設計した部屋は海に面して細長く洋間の両

サイドにはかがり火をイメージした豆電球が重なるよ

うにおびただしい量でぶらさがっている。

私は何度か彼女と訪れたけれどいつも昼間だったの

で夜、豆電球がついたところは見ていないけれど、た

ぶん夜の海と呼応していい雰囲気をかもすことでしょ

う。

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メトロの駅のステンドグラス

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「 水中花 」

 今月の中旬、渋谷から池袋まで地下鉄の副都心

線が開通した。明治道りの下を走るので、わたし

の行動範囲にはとても便利でよく利用するが、明

治神宮駅の通路に野見山暁治の巨大なステンド

グラスがはめ込まれている。地下の暗い空間に

あってバックから光をあてているステンドグラスは

眩しいほどの華やかさだ。野見山氏はたしか80

代後半だと思う。この若々しいエネルギッシュな

画面。老いとは若くなるということだろうか。

たしかにそうだ。わたしのお付き合いのある年配

の方々から感じるのはとらわれない若々しい発想

だ。年をとるということは積み重ねるということ。

その末に巨大な花を咲かせることができるのだ。

人は長生きしなければならない。後期高齢者と

いわれたぐらいで怒らないで。

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モーゼスおばあさん

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「 虹  」

前回の続き。

 アポリジ二の画家、エミリー・ウングワレと同

じく高齢になってから絵を描き始めた画家に

メリカのモーゼスおばあさんがいる。60年ほど

前に73歳を過ぎてら絵筆を持って102歳でなく

なるまで絵描き続けた。

モーゼスおばあさんはジャム作りの上手な農家

の主婦で自作のジャムを近所の店で売ってもら

っていた。何事にも熱心で働き者の女性で、70

を過ぎた頃、夫がなくなりその寂しさに、刺繍画

を始めたが、リュウマチが発病し絵筆に変えた

のだ。彼女が子供のころの農村の風景といたる

ところに人物を配した楽しげな風物詩のような絵

でアメリカ中で今もクリスマス・カードとして人気

がある。そして「モーゼスおばあさんを見習え」と

いう言葉があるそうだ。

高齢なんてなんのその、私たちも見習いましょう。

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人間の可能性

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「ハナ 」

 オーストラリアの原住民、アポリジの画家、

エミリー・ウングワレーの個展へ行っててきた。

彼女は80歳からカンバスに絵を描き始め

88歳で亡くなるまで3千点の絵を画いた。

どれも大作だ。カンバスに描く前はろうけつ

染めや砂絵やアポリジの風習のボデイ・ペ

インチングなどの経験はあったんだけれど。

 彼女のアトリエは野外の赤土の地面。大きな

カンバスに向かって大きな筆で、どんどん描く。

 エミリーさんの心の中のドリームや原住民の

のもとの植物の根をえがいている。抽象的

な画面で色の使い方もうまい。高齢なのにと

てもエネルギッシュに描いていく。わたしは人

間の可能性について考えさせられた。私たち

は年齢にとらわれすぎてるんじゃないかしら。

年なんて忘れてしまおう。

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オープニング・パーテイ

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「 慕 」

 この週末、友人のギャラリーでオープニング。

パーテイがあった。ジャズバンドのトリオの演奏

があると、聞いて、親しい友人四人ででかけた。

狭い会場で押し合いながら、おいしいものを食べ

て飲んで、おしゃべりして。気の合う友と一緒なら、

こういうパーテイ大好き。いろんな人と知り合えるし。

 ジャズの演奏は庭であった。賑やかなことをする

と近所から苦情が来るところだが大通りに面してい

るので心配はいらないらしい。それに愛想のよい彼

女は近所に声をかけて いらっしてください。と誘っ

たりしているのだろう。

 人と人との交わりが希薄になってきている今、こん

な気のおけない集まりって素敵だと思いませんか?

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フラメンコ

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「 花 」

 新宿のエル・フラメンコへフラメンコダンスを見

に行った。この時期に近くのデパートが優待し

くれるので、毎年でかけているが、今年は、素

らしい踊り子にであった。

メルセデス・アマjジャという女性のダンサーで体

内にフラメンコの血を熱く内包しているような、情

熱のこもった踊りで引きずりこまれそうな舞台だっ

た。ダンスが終わった後もわたしは、そのすごい

踊りに呆然となっていた。

いつも思うことだが素晴らしい芸術は見も心も洗

われてはじめての未知の世界へいざなってくれる。

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お色気のないお喋り

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「 花 」

 わたしはいつも非日常的なもの、思いがけない

もの、不思議なものに出会いたいと思っています。

自分のいままでの感覚にはなかったものを求め

ているようです。それは本であったり、映画だった

り、絵画だったりするのですが。

わたしは本や映画や絵画のなかで未知との遭遇

を期待しているようです。

例えば絵画、初めて出会う絵のまえでわたしは何

の先入観もなく白紙の状態でその絵とむきあいま

す。今まで感じたたことのない感覚に気ずき、絵の

中をゆっくり旅をすることができます。

何度も会ってる絵の中にも見るたびに新しい発見

のある絵はわたしを元気ずけてくれます。

 わたしの嫌いな日常的なおしゃべり。

   孫の自慢、  夫へのグチ、 病気の話。

ある文科系の学会のパーテイ、でいつもおしゃべり

な大学の講師が自分の孫の話を始めた。そのとき

会長の大学教授が「 色気のない話をするな!」と

一喝。

 いつまでもお色気は失いたくないコトよ。

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奈良の仏像めぐりのお薦めコース

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「 舞 」

 関西へ帰った時は真っ先に出かけるのは奈良の

仏像めぐりだ。わたしのお薦めは近鉄奈良駅から

徒歩5分の興福寺宝物館、ここには阿修羅像や山

田寺の仏頭がおわします。

 次は奈良公園を斜めに横切って新薬師寺の十二

神将。このあたりは高畑町でかって志賀直哉を中

心に文化村と言われたところ。崩れそうな土塀が

美しい。

 また奈良公園に戻る。ささやきの小道を歩いて

東大寺 の三月堂へ。梵天、帝釈天が見事。日光

、月光菩薩も親しみやすい仏像だ。

近鉄奈良駅に戻って、電車で西の京へ。ここでは

勿論、薬師寺と唐招提寺。上野の博物館へ外出し

ておられた日光、月光菩薩もお帰りになっている

ことでしょう。

最後の寺は秋篠寺。西ノ京から二駅の西大寺で

降り、バスでいく。ここは伎芸天が有名。でも仏像

としては梵天が見ごたえのあるいい像だ。

 これを一日でまわるのは強行軍だが、この順番

は奈良の仏像を理解するのに、頭のなかでも整理

されて最良のコースとおもいます。

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インドの闘う女神

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「 竹」

 わたしの仏像好きは19歳から今に至っている

がいまだお会いしてない仏様はたくさんある。初

めて拝見するときは、白紙の状態で、先入観なし

でおあいしたいとおもっている。自分の目で見、

自分の感覚だけで感じること。これはとても大

切なことだとおもう。全身全霊で感じること。

初めての人にあうときも同じじゃあないかなあ

と思う。

飛鳥時代にわが国へ仏教を伝えた中国には大

らかな仏像が残っているし、釈迦の生まれたイ

ンドでは仏教はヒンズー教に吸収されたが美し

い女神の像がたくさんある。これらの女神は豊

満で均整の取れた美しい肢体の美女なのだが、

その上強い女なのだ。闘う女神といわれている。

ただ美しいだけじゃなく強い女神。わたしの憧れ。

またインドへ行きたくなりました。

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寺は癒される場所

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「 竹 」

 仏像は古い時代のがいい。奈良には飛鳥、白鳳の

仏像がたくさんある。つぎに多いのはl京都。九州や

東北にも京都で作られて運ばれたものや、その土地

の仏師が彫った地方色豊かな仏像がある。

わたしは寺を訪ねながら旅をするのが好きで、随分

出かけたが、まだまだ見たい仏像がたくさんある。

それに、わたしは寺のたたずまいが好き。

小さな寺でも見事なほど古い木々の庭がきれいに

手入れされていたり、裏庭は竹やぶから小高い山

に続いていたり。寺って現代に残されたほっと癒さ

れる空間ではないでしょうか。

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仏像を好きになるには?

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「 花 」

 仏像を好きになるには?

古い時代のいい像に出会うことにあると思う。

例えば、百済観音や阿修羅や半跏思惟像などの親し

みやすい仏像に心を留めることから始めるのがいい。

わたしの場合は中宮寺の半跏思惟像だった。まだハ

イテイーンの頃で仏像にお会いしによく中宮寺に通

ったものだ。大学の会誌に寄稿したのを美術史の教

授の目に止まって、次の東洋美術史の時間に半跏

思惟について講義せよとおおせつかった。入学して

間もない頃で、たった10分だったけれど、汗をかき

かき半跏思惟像について述べたことを、覚えている。

 初めて会った仏像が有名でも特徴がなかったり、

親しみを感じなかったり、また時代が新しく類型的

だったりすると、なかなか仏像に近ずけない。

 そんな時は、仏像の写真が出ている本から好き

な像を探して、その寺へ会いに行く。まず本物に

会うということから始めるのがいいと思います。

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笑顔にみえた菩薩

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 「大海原 」

 薬師寺展順路どおりに歩いて中二階の高さで

日光菩薩、月光菩薩に対面したとき、二体の仏像

は、とてもにこやかな表情に見えた。照明の加減

だろうか。ウエルカムと言っているような笑顔なの

だ。仏様がそんなにうれしそうなお顔でいいの?

と言いたいほどの。

 一階へ降りて仰ぎ見ると、、あの笑顔は消えて

いた。やはり照明のしわざらしい。二体の菩薩は

彫刻として私たちのまえにある。大きくて堂々とし

た仏像。光背をはずした後ろ姿も見せてもらう。

そう、お参りするのではなく鑑賞するのだ。

 寺では両手を合わせるけれど、仏像が美術館

入りをする時、おしょうねを抜くお経を唱えている

ので彫刻として鑑賞する。

あと3日でこの展覧会がおわり、薬師寺へもどす。

その時はおしょうねを入れるお経をとなえてお参

りをされる仏像としてもとの寺で鎮座される。

こんどは奈良の寺でおあいしましょう。

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薬師寺の仏像のバックスタイル

080507_15150001  」

 「うず潮 」

 今日は雨の中を上野の博物館へ薬師寺展を見に

行ってきた。入場制限をしていたので、並ぶこと一時

間。後3日でおしまいなので混んでいた。薬師寺へは

何度も出かけているが、今回は仏像の後ろに張り付

いている光背をはずしての展示と聞いて是非と思った。

うしろからも拝見できる。仏さまにこんなことを言うのは

不謹慎かもしれないけれど、ヒップラインなどなかなか、

きれいにひきしまっていて肉感的なバックスタイルだ

った。

でもわたしはあのうすぐらい寺の中で拝観するほうが

好きだ。

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ピアノリサイタル

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 目黒の庭園美術館ホールへ大澤美穂さんのピアノ

リサイタルにでかけた。友達が最前列のピアノの近

くの特等席をとってくれていた。ピアニストの大澤さ

んとはつい先だってもご一緒に食事を楽しんだ間柄、

仲間がこんないい席を陣取ってもいいのかしらと一瞬

思ったけれど、目の前には黒く光るピアノ、窓の外は

時折はらはらと散る桜、こんな夢のような場所を、手

放すことはできなかった。感謝感激の言葉を友達に

浴びせながら。

 大澤さんの華奢な指が鍵盤の上をまるで戯れるよう

に滑っていく、、、。時折嵐を含んだようなエネルギッシュ

な調べ、。桜色の衣装のピアニストの姿と、ホールに響

く音楽と大きな満開の桜と。うっとりと幸せなひと時で

した。

 帰り道、、こういう時間を持つのって大切なことね。と

誰かのいった言葉に私たちはそれぞれ頷いた。

 時には非日常的で緊張感のある時と場所に身をおく

のはとてもいいことだと思う。

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 今日も花冷え。我が家の周りではまず、山桜が咲き

次にしだれ桜、それから染井吉野、少し経ってから八

重桜が咲く。

 今回も十年もまえの話だが有名なタレントさんの

個展を見て驚いたことがある。展覧会には一点出

品すればいいのだけれど個展になるとたくさんの

作品を展示しなければならない。そこで彼女は作品を

総動員させたのだけれど、会場ではくっきりと二つに

わけられた。とても上手な絵が半分と、とても下手な

絵が半分。先生の筆が入っている上手な絵だけでは

数がたらなかったのだろう。その大らかさ、無邪気さ

には、おそれいりました。

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遊亀風の絵

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 今日は花冷え。午後からひそか雨が降り冷え込む。

 もう十年も前のことだがありありと思い出すことが

ある。日本画を習っている知人の家へ招かれた時

のこと。客間に飾ってある彼女が描いたという静物

画を見て、あまりの上手さにわたしは驚いて言った。

こんなに描けるんだったら、もう習わなくっても。ご

自分でどんどん描いていけば、、と。

彼女は小倉遊亀が好きときいていたが、その絵は

模様のある大鉢に果物が入っている絵で遊亀の絵

にそっくりで、遊亀が描いたと思うほど見事だった。

 今でもあの客間に飾ってあった絵を思い出すの

だが、あれは先生が筆を入れたのだろうか?また、

同じ模様の鉢ってめったにないことだし、あれは模写

だったのだろうか?不思議な気持ちになる。

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師が生徒の絵に筆を入れる

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 今日は土曜日なのに地下鉄が混んでるなと思って

いたら九段下で大勢の人がどっと降りた。お堀端の

お花見なんでしょう。

 長年水彩画を描いている友人から一門展の作品

集を見せられた。友人はおっとりしていてなかなか

上達しないのだけれど、その絵には彼女らしさが

ある。でもほかの人の絵はモチーフが違っていても

同じ人が描いたような、同じタッチなのだ。不思議

思って聞いてみると、先生が生徒の絵に筆をくわえ

られるというのだ。そういえば水彩画といえども随

分厚塗りになっている。これはいったいどういうこと

なんだろう?一生懸命描いた生徒の絵の上から師

が荒々しいタッチで消し去り自分の絵に作り変える

いうことは?生徒の下手な絵は展覧会に出品でき

ないということか?生徒は屈辱と思わないのだろうか?

毎年、毎回こういうことが行われていても、生徒から

んの非難も出ていないということは、生徒たちは、

先生が筆を入れることで自分の絵が上手に見える

のを喜んでいるのだろうか?それならそれでいい。

なにをかいわんや、である。

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模造の仏像

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ある日、久しぶりに東京都内の古いお寺へとても古い白鳳の仏像に会いに出

かけた。以前は薄暗い庫裡に安置されていたのに、寺の玄関の前の大きな収

蔵庫におさめられていた。大きく四方にガラスばりでどこからでもよく見える。こ

のあたりは観光地になっていて寺の前にせんべい屋があったり、観光客でざ

わざわしている.。寺から出て観光の目玉のように観音さまが座っておはします

のは、思い切ったことをなさったものだなあ、と思いながら仏像に向かった。何

だかきれい。きれいすぎるのだ。あっ、これはレプリカだ。と瞬間に思った。で

もどこにも模造と書いていない。おかしいなあと思いながら帰りの電車の吊り広

告を見て驚いた。都内のデパートで今日拝観してきた仏像か展示中とあるの

だ。どっちが本当なのと思いながらデパートへ電話してみたら、係りの人が言う

にはデパートに展示しているのが本物です。でもお寺のも形も大きさも同じです

からと言う。形もおおきさも同じなんだから問題はないというように言われる。本

物はかけらでも本物なのだ。模造品は全部整っていても模造なのだ。デパート

で展示が終われば、本物は寺の奥深く安置されるのだろう。でも模造には模造

と記して欲しいものだ。

.

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仏像の魂

080302_13200001薬師寺展が東京の博物館にきている。仏像はお寺で

見たい。何かが違うのだ。同じ仏像なのに、お寺で拝

観するのと博物館とでは。仏像が置かれた環境がち

がうのはあたりまえのことだが、仏像だけをじっと見つ

めてもお寺で会ったときの像と何かが違うのだ。これ

は何なんだろうとずーと気になっていた。何十年も。そ

れが最近になってわかった。お寺から博物館に展示の

ため仏像を出すとき、魂を抜くお経を唱えるそうだ。そうして展示が終わってお

寺に戻るとき、今度は魂を入れるお経を唱えてもとの位置に安置するという。

現代人は魂を抜くとか入れるとか、そんなこと信じられないでしょう。でも私は

ああそうだったのか、と心に深く合点しました。それほど私と仏像とのおつきあ

いは長いのです。

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ものを見る目

080302_13210001 有名な画家の絵は始終人目に触れるところに表われ

 る。好きな画家ならいいのだが私の目からはどうして

 もいい絵とは思えないことがある。そんな時私はいろ

 んな人に聞いて回る。彼の絵いいとおもう?っと。す

 ると大抵の人は彼は有名画家だし。某大の学長をや

 っていた人だし、立派な絵じゃないの。と言う返事が

 かえってくる。彼を取り巻く事柄や先入観なしでその

 作品だけをみてほしいのだけれど。でも少数派だけれど、よくないね。とはっ

 きり 言ってくれる人がなん人かいる。自分の目を信じて、見る目を養っている

 ひとたちだ。私も物を見るときは、邪魔な知識はどかして、自分の目だけで対

 峙する訓練をかさねなければ。

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初めて会う美

080302_13210002ミッドタウンへロートレック展を見に行った。テレビの芸

術関係番組はなるべく見るようにしているが最近はロ

ートレックの絵をどこのテレビでも取り上げていると思っ

たらロートレック展が開催されていた。展覧会場で私は

テレビで見た絵を確認し、おまけにそのときの解説まで

思い出している。私の頭はロートレックの情報がいっぱ

いつまっている。純粋に絵を鑑賞していない自分に気

がついた。いい絵を前にしてこれは不幸なことだ。きれいな景色も美しい絵も何

の先入観もなしに初めて出会うというのが一番いい。自分の目だけで観、自分

の目を信じることができる。でも情報の量も多い現代ではむつかしい。私はこん

な時、ひとつの絵の前でゆっくり、ゆっくり、時間をかけて見ることにしている。

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季語辞典

                    四国080218_15240001_2 へ親の介護にかえっていた友は、四国では

俳句が盛んだと言う。何かの会があるとだれでも

俳句の五句ぐらいは気軽に詠むという。季語辞典

見てチャチャと手早く作るという。季語辞典から

つせば三分の一はすでにできているというのだ。

なんということだろう。原稿用紙一枚に文章を書く時三分の一をどこかからもっ

てくれば,盗作になってしまう。でも俳句は短いので作れることはつくれても、よ

い俳句を詠むというのは至難の業なのだろう。

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作品の普遍性

080218_15180001 今日、私の作品の購入の申し込みがあった。何年か

前の風をテーマにしたものだが、こういう時、出てしまっ

てる作じゃないかしら、とおもってしまう。今回のは幸い

にとてもインパクトの強い作でご家庭用やお店用には

ちょっとと言う風だったので残っていた。やれやれ。会

社の応接室用らしい。個展で三十点や四十点展示す、

時どれも同じように私には思い入れのある作ばかりなのに、人気作は何点か

に集中してしまう。買ってくださる方は初日に見えるのだがそれでも、もう赤丸

がついていたりして、がっかりされる。まだまだ普遍性のある作品がすくないと

いうことだろう。

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和紙を貼ってカムフラージュ

080302_13170002昨日に続いて 花。割り箸に墨汁をつけて書きまし

た。白い紙に黒の文字はとてもコントラストがはっき

りしていて、ちょっと自信のない線や思うように書け

なかった 箇所が気になります。そんなとき空いてい

る部分に和紙を貼りました。紙面が和んでやさしくな

ったように思います。

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切り文字遊び

080302_13170001                                  左の文字は花、雑誌のグラビアページをざくざくはさ

みで切って、貼ったもの。きれいに切らないのがコツ。

普通は文字のかたちに鉛筆で下書きして、切るもの

でありますが、下書きなしで、花という字を心に持って

自由に切っていきます。少し長くなったら切ればいい

し、短ければ足せばいい。変な形のほうが面白い

です。これを私は切り文字遊びとなずけました。他に

絵の具で書いたり、ラメを散らしたり、文字を染めた

りしています。はがきを使い、お便りとしても使えるので花文字便りとして教室で

教えています。

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まず人ありき

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  芸術作品見るとき、鑑賞した後、どんな人が作った

 のか 知りたくなる。まず人がいて、それから作品が

 生まれるからだ。熊谷守一の絵を見ていると彼が庭

 で時間を忘れて蟻を観察している姿や猫と戯れてい

 るひげをはやした仙人のような画家が思い浮かぶ。

 ゴッホだって何の変哲もないありふれた村の教会を

 目が覚めるような鮮やかな色彩と躍動感にあふれ

 た絵を見ると彼の人生に思いを馳せたくなる。昨秋、ゴッホの村を訪ねたと

 き、モデルとなった教会や市役所の前に立たずみながら、私の脳裏には映画

 の炎の人ゴッホのシーンや弟のテオにあてた手紙の言葉を思い出していた。

 まず人ありき。その絵を理解するというのは、その人を理解するということなん

 じゃないかなと私はおもう。ということになると、作品を作って世に問うと言うこ

 とは生半可なことではない。私は大変な道に入り込んでしまった、と呆然とな

 る。

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熊谷守一の晩年の絵

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 熊谷守一が守一様式と呼ばれる平明で明快な表現は長い年月

 を経てできあがったもので私の好きな守一様式の作品は七十歳

 もなかばになってからである。何という遅咲きの芸術家なんだろう。

 九十七歳で亡くなっているので晩年の約十五年間の絵が素晴ら

 しい。晩年に今何が望みか?と聞かれたとき、しいて言えば命

 でしょうか。もっと生きたいといっている。

 芸術家は長生きも才能のうちとよく言われるけれど、本当にそう

 思う。守一は七十歳台八十歳台に花を開かせ、今私たちに珠玉

 の作品を楽しませてくれている。

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熊谷守一の庭

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 春一番もおさまり、今日は南風に変わって曇っている

 けれど暖かい一日だった。

 熊谷守一の美術館は有楽町線の千川にある。守一は

 晩年の三十年間、自宅から一歩も出ないで毎日庭で

 遊んでいたといわれている。三十年間もどうして?と長

 い間思っていたが、外へでなかったのは、外出中に

 具合が悪くなったのが原因らしい。でも新鮮なも

 のに出会うのは外の世界と思い込んでいた私には、衝撃的だった。さぞかし広い庭なん

 でしょうと羨望の思いでいたら、小さな庭だという。小さな庭ってどれくらい?と、とても気

 になっていたところ、やっと本で見つけた。五十坪の庭で敷地は八十五坪だという。現代

 の感覚で言えば五十坪の庭は小さくはない。熊谷家の庭は木々がうっそうと茂っていて

 写真を撮りに庭に入ったカメラマンはカメラスポットがたくさんあって撮りがいのある面白

 い庭だと言っていた。私も年をとって外出もままならなくなったら、庭を好きなように作っ

 て遊びたいなあ。

 

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