虫の音
昨日は日本中が現政権にNO!を
突きつけた見事な選挙でした。
もうこの辺でCHANGEが必要です。
今日で夏も終わり。
わたしの夏の拙句を三句お届けし
ます。
明けの空 今日の暑さを
告げてをり
盆踊り にわか雨にも 続きをり
紺色の 夜空仰ぎて 花火待つ
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水辺
明日から天気が崩れると予報で聞い
て夏休み最後の水辺遊びに出かけ
た。
ちっちゃい子二人とお嫁さんとわたし。
子供は水と土があれば遊びに夢中だ
し、大人も涼しい木陰で目の前には
きらきら光って流れる小川と広い芝
生を前にお喋りがはずむ。
時々、子供の姿が消えて探し回った
り、よその子がお父さんと一緒にきた
のに、お父さんどっかへいちゃった、
と泣き叫ぶ男の子がいたり、水着
じゃあない女の子が遊んでるうちに
川に落っこちてびしょぬれになった
のにベンチで昼寝をしていたおとう
さんは、まだ寝たりないのか、昼寝
を続け、女の子は下着になって炎
天下のもとで太陽が乾かしてくれる
ままに座り続けていたり。
川辺に座りこむといつも三時間ぐら
いは過ごすのでいろんなできごとに
出くわす。
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こぼれ萩
萩の季節になった。
8月末から近くの森で「想像と森の
声」という野外アート展が開かれて
いるので見に出かけた。今年は外
国人アーチストと日本人が半々で
去年の全部日本人より、見ごたえ
のある作品が多い。
夕方の4時ごろだったがだれも来
ていない 。薄暗い森の中は不気
味。犬の散歩の女の人に会って
ほっとする。この森を抜けるとズー
ラシアだが、この前見つからなか
った道が、難なく見つかった。
これでひとを案内できる。新しく出
来たヒルサイドの竹の海原も見て
みたい。
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なでしこ
今日は和紙作家の友人を、わたし
がいつも個展を開いている画廊に
紹介するため、銀座へ出かけた。
それから三越本店でわたしの一日
教室の打ち合わせがあったりして
銀座、日本橋界隈を歩いたら、東
京の女性も関西に負けていない。
関西が華やかとしたら、東京の女
性はエレガントかなあ。日本語と
英語の違いだけで同じような意味
かな。いえ、すこし違うと思います
が。
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夏扇子
「出かける日は、めちゃ、おしゃれ
するのよ」と妹は言う。
なるほど、前々から中年以上の女
の人は東京より大阪の人のほうが
華やかできれいだなあ、とわたしは
思っていた。
東京はおしゃれも地味で、抑え気味。
わたしもおしゃれは、引き算でと思っ
ていた。
若い時は引き算もいいけれど、そろ
そろ、めいっぱいがいいか。
わたしも めちゃ、おしゃれ、しょ。
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海流
鳥羽の海へ妹と出かけた日、妹は
わたしの服装を見て、ぎゃあ、普段
着だ!近鉄特急で行くのに、と思っ
た。わたしは彼女のピンクのジャケ
ットをみて、海へ行くのに正装しち
ゃって、変な子、と思った。
これは関西と関東の服装の認識の
違いだ。
関西は電車で外出する時は普段着
でない服装で行く。
関東は遊びに行く時は、できるだけ
カジュアルに楽しいよそおいをこころ
がける。
東京もふた昔ぐらい前までは目的は
なんであれ出かけるときはよそ行き
だった。
でもこの頃の電車でみる東京の中
年の女性のだらしのない服装。普
段着にこそ、その人らしさが出ると
思いますが。
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海
伊勢の海から帰ってきたら、知り合
ったばかりの伊勢の知人から、伊勢
を案内しますよ、と言う手紙が来て
いた。残念。行く前に声をかければ
よかったのかな。高齢の方だから
遠慮したのだけれど。
海のない県で育ったので、海への
憧れはいつもある。
夏に海の風にあたるとその冬は風
邪を引かないと、どこかで聞いてき
た母は夏になるとわたしたちを海へ
つれていった。
妹はこの頃風邪をよくひくのは海へ
行ってないせいだと言い出して急に
二人で伊勢へ出かけた。
妹は今年の冬は大丈夫、風邪を引
かないと言ってるけれど、海風って
そんなに体にいいのかしら。
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花
わたしは満開を過ぎた花が美しいと
思うが、兼好法師はさらに進んで
「散りしをれたる庭などこそ見どころ
多けれ」と言っている。
そういう見方があれば特に菊の花
など晩秋に霜を受けて一そう美しく
見える。
庭の花ではないが、冬に筑波山から
バスでの帰り道、茨城県の刈り取り
の終わった田園地帯がどこまでも続
いていて田んぼいがいに何もない冬
枯れの景色がとても美しかったのを
覚えている。
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「花は半開きを見、酒は微酔を欲す」
花は満開だけが美しいのではない。
半開が美しいと明の詩人が言ってい
る。満開を人にたとえるなら20代だ
ろうか。すると半開は10代の終わり。
開き始めた花は清楚で、どんな満開
になるのだろうと想像がふくらむ。
でも、わたしは半開や満開より、咲き
乱れている美しさがいい。お行儀よく
真っ直ぐに咲いていた花が満開を過
ぎると茎が斜めになったり、あちこち
向いたりしながらも花のエネルギーを
発散させている。
わたしはこういう頃の花がとても美し
いと思い共感してしまうのです。なん
だかわたしのお年頃に似ているよう
な気がして。
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ぽ
そろそろ夏も終わりかな、という頃
だけれど、まだまだ暑い。ビールが
おいしい。
中国の明の時代の詩人が
「花は半開を見、酒は微酔を欲す」
と詠っている。
ほろ酔い加減がいいのですね。
ほっとした時のビールって、喉が渇
いているのでついガブガブと飲んで
しまう。反省!
明日は「花は半開を見、」について
の私見です。
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体
夕方、体力つくりと気分転換に散歩
をしているが、自然の道がつぎつぎ
と舗装されていく。一人しか歩けな
いような野道まで舗装されてきてい
る。近くに老人ホームがいくつか建
てられたからか。車椅子は土の道は
動かしずらいからだろう。
自然の道はもう大きな川の両側の
散歩道しか残されていない。
ここはジョギングをしている人、ウオ
ーキングの人がちらほら。やはり体
を鍛えている人は土の道がよいこと
をよく知っているようだ。
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氷柱
夏もあと二週間。今年はしのぎ
やすかった。いつも少し風が
あって家中の窓や襖やドアーを
開けっぱなしにしておくと、風が
行き来する。
家を出たところに「めだかひろば」
と呼ばれている川辺がある。昔は
細い溝のような川だったのを広げ
子供が水遊びできるようになって
いる。
お昼ごはんの後、お茶とお菓子を
持って川辺に行き、木陰にハイキ
ングシートを広げて大人はそこに、
どっかりと座って子供たちを見張っ
ている。浅瀬でも水は小さい子に
はあぶないことがあるから。
可愛らしい子供の遊びを見ながら、
時間を忘れて涼しい木の下で憩っ
ているなんて、こういうのを至福の
時って言うのでしょうね。
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花
かってのjR奈良駅の駅舎は観光案
内センターとして保存されている。
建物の内部の真ん中に真っ赤な大
きな鳥居が組み込まれていて、落ち
着く。
寺のお堂のようなガランとしたホール
でここに切符売り場も売店もベンチも
置かれていたとは思えないほど狭い
空間だ。ただ、天井は、高いけれど。
一時間に一本のジーゼルカーが出て
いた。乗り遅れると一時間待たなけれ
ばならない。
生徒だったわたしは乗り遅れても、が
っかりせず、おもむろに鞄から小説を
取り出して読んでいたものだ。どこで
読んでも同じだわ、と思って。
あの頃は読書三昧の毎日だった。意
味もわからず手当たり放題。もうすこし
勉強にも時間をとればよかったと思う
けれど、読書の習慣がついたのはい
いことだと思っている。
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なでしこ
青春って明るいですか?
十代の思春期の頃は学校の図書室の
本を全部読むつもりで毎日大人の小説
ばかり読んでいた。世の中の事がわか
るかもと読み出したが余計にわからなく
なりそれでも本に逃避していたようだっ
た。そんな暗い思春期に比べてわたし
の青春はようやく本の虫から抜け出し
て、とても行動的になるのだが、挫折
や後悔や思い出したくない苦い思い出
が明るい青春とはいえないものにして
いる。
でも、今はかっての苦い思いも思い出の
かなたに消えてしまった。
わたしはまたもや、年をとるのもいい
ことだと思う。
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光
トンネルの中を歩いていたような中,
高校時代をすごした奈良は、今では
懐かしい土地だ。あの頃のモヤモヤ
した霞がかかったような不安、不確
かな将来への怖れ、不明瞭な大人
の世界。
今はきれいに澄み渡って雲ひとつ
ない心境だ。こんなことを言うと仏
様のような心境のようだけれど、年
を取るっていいことだと思う。わか
らなかったことがわかるようになり、
できないと思いこんでいたことが、
出来るようになる。
今、奈良では灯花会で、光の競演
が行われている。猿沢池、東大寺、
公会堂のあたり。わたしは猿沢池
のベンチで水面に映るさまざまな
光に見とれた。大人は夜の時間
でも急いで帰らなくてもいいんだ。
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風
昨日の続き。
殻に閉じこもっていじいじしてい
た少女は、大きく一歩踏み出した。
一番嘆いたのは母。彼女がイメー
ジしていた娘とは違う方向へ駆け
出したわたしを見て、大学の選び
方を間違ったと大変後悔し、後の
妹たちはみんな私立の女子大へ。
同じ高校だったつぎの妹に、先生
が姉と同じ大学へと薦めたのに
母は、とんでもない、共学の大学
なんてといって断ったと言う。
あの頃はまだ、関西の私立の女子
大って制服があったのだ。もうすぐ
二十歳と言う娘が皆と同じ服を着
せられるって信じられない !
まだまだ女子大は良妻賢母の育
成学校だった時代でした。
明日とあさって個展の搬出で奈良
へ行きますので、二日間休みます。
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雨雲
友人にわたしと同じく私立の中学、
高校を経て共学の大学に入った人
が、6年間の暗い長いトンネルを
抜け出た感じだったと言った。
わたしも全く同感。
大学に入ってまもなく、「OO大の紳
士淑女へ」と書かれたチラシを見て、
大人として扱われている自由を感じ、
広い世界へ一歩踏み出す晴れがま
しい気持ちを覚えた。
中学、高校の思春期の少女たちも屈
託なく、無邪気で明るい生徒が多い中
で何がわたしを暗いトンネルにいる気
持ちにさせたのだろう?
明日に続きます。
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水の玉
夕べは妹と定期コールでお喋りし
ているうちに急に睡魔に襲われて
パターンと眠ってしまい、ブログ書
けませんでした。
かっては翌日疲れが出ていたのに、
この頃は2・3日たってからどっと出る
ようです。
先日の中学と高校の同窓会では、
あなたほどイメージが変わった人は
ないと何人もの人に言われました。
背が高く、細く、眉が長く、すこし暗い
感じのある少女だったようです。
それがどうでしょう。大学の同窓会
では、わたしの顔を見ていると学生
のころのさまざまを思い出すという
のです。本当に変わってないわね、
っとあきれたように言われます。
それじゃあ、19歳を境にわたしは
自分をチェンジさせたようです。
続きます。
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朧
40年ぶりの同窓会。旧姓で言わ
なければわからないと思って、受
付で朗々と旧のフルネームを告げ
たら、、わたし、OOよ、わたしK, と
取り囲まれた。どうしても昔の彼女
たちと今とつながらない。長い年月
の隔たりを思い、わたしの頭は混乱
し、ぼーっとなった。
地元の人たちは同窓会ごとに集まっ
ているらしいけれど、わたしは初めて
の同窓会だ。
でも、記憶ってすごいもので、じっと
顔を見ていると昔の面影が見えてく
る。欠席した人で話題になった人で
さっぱり見当のつかなかった人も、
一日たつと、ふっと鮮明に浮かんで
くる。不思議な体験の日だった。
明日に続きます。
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ぽ
ただいま。一週間の奈良滞在から
帰ってまいりました。
わたしの個展とその期間中の中学、
高校の同窓会出席がメインでしたが
なにせ、40年ぶりの顔合わせ、
すっかりかわっていて思い出せない
人や高校時代より美人になってる人
や、ぽーっとなったり、ぼーとしたり、
の初体験の連続でした。
明日に続きます。
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