インド 映画「チャルラーター 」          」

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「 花 」

 映画はなるべく都心の映画館で見たいと思う。

随分年輩の女性が一人で見にきていたりする。ああ

映画の好きな方なんだなあとわたしはいつも好感を

持って見ている。都心の映画館では昨日のような暗

闇のなかのおしゃべりは皆無だ。デパートの中の映

画館は買い物のついでとかで、さあ、これから映画を

見るぞという高揚感のある自覚が薄いのではないか。

たかが映画くらいで大げさなと思われるかも知れない

がほんとうに映画を愛する人にはわかってもらえると

思う。

長い子育てがおわって、やっと映画を見られる身分に

戻って、何年ぶりかで見たのはインド映画の「チャルラー

ター」だった。堅くなっていたわたしの体がバリバリと壊

され柔らかな筋肉に入れ替えられた感じで、どういうわ

けか涙がとめどなく流れたことを覚えている。

 昨年パリのギメ美術館で一日を過ごした時、館内で

「チャルラーター」を上映していた。もう、かってのように

涙なんてながさないだろうと思った。今のわたしはとって

も自由を満喫しているから。

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映画が終わってからの暗闇

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「 花 」

 「あの日の指輪を待つきみへ」を新宿のデパート

の映画館で見た。日本一の巨大なスクリーンは

迫力満点。監督は「ガンジー」や「遠い夜明け」の

リチャード・アッテンポロー。

でも、設定が二つの時代と二つの場所に入り組ん

でいてとまどうところがあった。二つの時代を描か

れている時は見る側に予備知識が必要だ。

先日、わが高校の後輩の演劇を中野で観劇した

がこの時の劇も現代と10年前と言ういう短い

間隔の設定だったので、わけがわからなかった

よ、と不評だった。わたしはあらすじを読んでい

ったので、まあまあ理解できたけれど、違った

時代を行き来する映画や劇は作る側も見る側

も難しい。

ストーリが終わってからキャスト照明さんの

名前などが長々とテーマソングとともに流れる

暗闇の短い時間は余韻に浸れる甘い時間なの

だ。それなのにわたしの後ろに座っていた二人

ずれの女性は、いまの映画とは全く関係のない

おしゃべりをはじめた。こんちくしょう!お喋りを

したいなら外へ出ろ!と心で叫びながら、最後の

ひと時をだいなしにされた、と嘆くわたしでした。

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お金は幸せの種・・・・・

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「 寺 」

 ゆうべ、NHKスペシャルで変わりゆくインドを見た。

インドの貧しい農村へ石鹸やシャンプーを売り込む

企業は、農民から農作物を仲買人を通さないで自

社で高く買いとり農民を潤してから自社の大型店で

洗濯機など買ってもらう。昔ながらの生活をしている

農村に目をつけた企業の知恵に衝撃をうけた。

わたしはシャンプーといえばインドと思っていた。かっ

てインドのヘンナと言うシャンプーが東京で流行した

ことがあった。でも農村の女性は泥で髪を洗ってい

たのだ。

母親にシャンプーで髪を洗ってもらっていた男の子

は流れおちてきた泡いっぱいのシャンプーでうれし

そうに顔も洗っていた。

初めてテレビが据えられた家の主婦は満面の笑顔、

夫は次は車を買うぞ、と意気揚々。お金はいままで

貧しかった人々に幸せの種をまいてくれるものにな

った。

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ビルマの商人

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「 さざなみ 」

 昨日の「ビルマ商人の日本訪問記」続き。

著者のウ・フラは日本へ商業の足がかりを求めて

出かけるのは国益のためである。私利私欲では

ないと言っている。随所に外国人に経済を握ら

れている悔しさ、働く意欲の乏しいビルマ人に、

日本人を見習えと情熱をこめて語っている。

昭和11年に60年前まではビルマも日本も同じ

くらい遅れた国だったのに日本は日露戦争に勝

利して世界の一等国になった。それはちびの日

本人の勤勉さにあると解いている。

 ちびの日本人とは!

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ビルマの商人

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「青田波」

 高校の同窓生が「ビルマ商人の日本訪問記」を翻訳

出版した。来週のミニ同窓会までに読まなくてはと思っ

て開いたがなかなか面白い。昭和11年、英国の植民

地だったころ、ビルマ人の青年実業家が日本を訪れた

2ヶ月を故国の新聞に寄稿した日本見聞記だ。

著者のウ・フラはビルマにやってきた外国人の中国人

やインド人がビルマの商業を活発にし、富栄えている。

ビルマ人はその下で貧しいままである。ウ・フラは自

分たちの手で直接外国と商談をしビジネスをしてビル

マ人を豊かにしたいと思いビルマで消費する商品を一

番たくさん生産している日本へ出かけたということだ。

続きはまたの機会に。

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魅力的な講義

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「 花 」

 月に2回、とても魅力のある講義をうけている。

東洋美術史の仏像についての授業だが美術史

だけではなく、文学や哲学にも及ぶ、講師の先生

は元大学教授で、なみなみならぬ教養と深い

学識の持ち主だ。教室へ通いだしてもう6年ぐら

いになるがなにがあってもこの授業を優先させる。

私はまだ新しい生徒で、この教室は30年ぐらい

続いているという。でも熱心に通い、よく本を読ん

で勉強していた生徒さんたちも、高齢になってき

て亡くなられる方や、通うのが体力的に無理な

ひともでてきて、教室はだんだん淋しくなってき

ている。

人の一生で尊敬できる師に出会い好きな範疇の

学術的な世界に浸れたということは、なんと幸せ

なことだろう。私は今幸せのなかにいる。

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ハワイのロングドレスの淑女たち

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「 花   」

 今秋出版予定の本の撮影が終わってほっとして

いるところ。

 早速遊ぶ計画。でも8月末まで作品の制作があ

るのでちょっと出かけるだけ。撮影はカメラマンと

編集者と私の三者が都合のつく日を撮影日に決

めるのでなるべくスケジュールはあけていた。

これで解禁。友人からいまハワイにいますという

絵葉書をもらったところ。うーん、ハワイか。私の

はじめての外国はハワイだった。もう何十年も昔

で、私は20代のなかごろだった。大体がアメリカ

本土からの観光客で、私は外国の人ってエレガン

トだなあと感心したことを覚えている。それは昼間

は水着やショートパンツなのに,夕方になると女性

はムウムウのロングドレスでワイキキ道りをそぞろ

歩き。

もう、今は日本からの観光客でいっぱいでカジュア

ルになっているんじゃないかしら。

ハワイの絵葉書を手にしながら横浜情報を見てい

るとハワイアン・フエアがホテルの70階のレストラ

ンでもようされていて生演奏とフラダンスがある。

ああ、これがいい。わたしは特にハワイが好きで

もないけれど、今は夏。仕事も一段落して、横浜

の海の見えるホテルでハワイもいいなと思った。

ちょっとご無沙汰している横浜の友達を誘うことに

する。

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孔子の教え

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「土用波 」

 孔子ってどんな人?と聞かれて弟子たちは一口

には答えられなかったので、孔子が自分のことを

述べて言うには

 憤〈いきどうり〉を発して食を忘れ、

 楽しんで以って憂いを忘れ、

 老いのまさに至らんとするを、知らざるのみ。

なんという若々しさだろう。孔子はこのころ60才

のお年。若々しい精神でなければあの深遠な思

索はかなわなかった。

若くいるためには年は忘れたほうがいいよ、とよ

く言われるが、これは孔子の教えなんですね。

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友達財産を大切に

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「花  」

 親友は小学校時代の同級生、と言う人、よくいる。

それからは?30年も40年もあるでしょう?友達で

きなかったの?

ありのままを知ってくれている幼い頃の友は何もの

にもかえがたいでしょう。でも・・・・

同性も異性もこんなにおおくの人の中で暮らしていて

友達が一人もできなかったって淋しすぎません?

それは友を必要としなかったからでしょう。

自然に友だちができる人もいるでしょうし、少し努力し

なければ,ならない人もいます。

私はこの頃、友達って自分にとって財産じゃないかし

と思うようになりました。財産って気持ちを豊かに

してくれるし、財産を使って楽しむことができる。

そう、友達財産、大切に育てたいと思います。

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友達つくりはむつかしい

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「 風   」

 最近のアメリカ映画で「友達のいない君は死ん

だ時誰も悲しんでくれないよ」と言われて一念発

起して友達を作ると言うストーリーがあったが、

死ぬ時というより、いつも友達は大勢いたほうが

楽しい。

 でも、友達作りも難しい面もある。お稽古事の

教室でとても気の合う同士に見えた人たちでも、

都合が付かなくなって一人がやめるとそれっきり

になる。どうして?と聞くと、電話をしてもいつも

わたしの方からばかりになったり、どこかへ誘お

うとしても遊びに行くことばっかりと思われそうで、

と言う。

もっと、フランクにつきあえばと思うけれど。

私も子供の学校時代、PTAで親しく付き合って

いた人たちがいたけれど、今はお付き合いはな

い。もっとも、あの頃は家庭のことでせい一杯

だったのだろう。

 でも今は違う。いままでの友人たちを大事にし

て新しい友も作っていきたい

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